仙台ミニトリップ 7.24更新

トーキョーからレンタル移籍中の三田選手を応援に仙台に行った。翌日は沿岸部の復興の様子を見に行った。梅雨空で肌寒かったが東北の熱気が伝わった

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街を歩けばベガルタの応援がみられる

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対戦相手には元トーキョーの長谷川アリアジャスール君がいた。三田選手は敢闘賞を受賞する活躍

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今回は閖上から岩沼方面を訪ねた。津波に洗われた海岸近くに住居はないが、朝市などで活気がある

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がれきを使った人工の丘が築かれている。被災もモニュメントでもあるが、いざというときの避難場所になるという。この地域では築山に逃れた3名が奇跡の生還を果たしたとのことで、そんな場所を15カ所ほど作るのだという

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鳥を見に行ったわけではないが、人の住まない荒野に野鳥の暮らしがあった。キジ、ホオジロ、イソシギ。セグロカモメ、コチドリ。海岸から離れて丘陵に上るとヒカゲチョウ

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一番丁は三社祭とか。東北の夏はまつりで盛り上がるはずだ。

梅雨明けはもう一週間後だろうか。

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南から 4.17更新

南から大変なニュースが届いた。自然の脅威はつねに想像を超える。震度7の前震、わずか2日で7回も繰り返された震度6。東京は今回も無事だが何もできないのはいつもと同じ。いつものように週末を過ごした

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味スタではドロンパが義援金を呼びかけ

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東京は平和だが春の嵐に見舞われた。巣立ったばかりのエナガが集団から落下

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親が支援しているが、生き延びられるだろうか

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強風にあおられ大変な巣立ちとなったエナガ。5羽団子

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緑に囲まれてもまだ旅立たないシマアジ

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それでも季節は進んでキンランの最初の一株が花をつけた

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ようやくキビタキもやってきた

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コチドリもやってきた

平穏な春の週末が待ち遠しいな。

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二百二十日 9.13更新

金曜日は立春から数えて「二百二十日」だったらしい。イネの開花の頃であり台風がよく来る頃という暦。鬼怒川が決壊する大災害とほぼ一致。北関東の探鳥地も被災したという。府中は幸い無傷だった

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週末の府中上空を自衛隊ヘリコプターが頻繁に往復した。相模原あたりから北関東への災害対策輸送だろう。一日も早く平穏な日常を取り戻せるよう願うばかり

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台風豪雨が過ぎ秋の気配が広がった。サルスベリは花が残るが葉が色づいてきた

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この木が毎年黄葉一番乗りで、だんだんと秋色に染まる。例年通り綺麗で平和な秋を期待したいところ

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ミズキに来たコサメビタキ。今年は実が多くなっている

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キビタキも来た

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混群の中に黒い影

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随分追いかけて、ようやく撮ったブレブレの一枚。秋のサンコウチョウは鳴かないので春よりもさらに撮影難易度が高い

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池のもみじも少し色が出てきた。カイツブリはもういない。飛行場の遊水地は今年三度目の満水。事故以来の運行正常化がアナウンスされたが、まだ定期便しか飛んでいないようだ

平和ですがすがしい秋が来るとよいな。

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一年 3.11更新

ちょうど一年の週末,東北復興支援のボランティアバスツアーに参加した。といっても荒天で作業中止になって被災地見学の迷惑野次馬旅行になってしまい,土産物屋と国分町のスナックへの経済支援だけで終わった。それでも黙祷

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仙台はみぞれ混じりの雨。農地復興の瓦礫除去の予定がキャンセルに。ぬかるむと作業できないのだそうだ。受入してくれたのはREROOTSという学生主体の団体。個人参加も受け入れているそうだ。旅行ついでに一日だけボランティアというのも良いかも。農地については復興なんてまだまだ。まだ数年やることはいっぱいあるようだ。

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仙台市若林区荒浜。あたり一面何もない。平地を10mの津波が襲ったのだから逃げ場がなかったと聞く。幾重にも松が植わっていた防風林がほとんどない。ところどころに復興を願う黄色いハンカチがあった。

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貞山堀の周りも何もない。この先の閖上貞山堀は学生時代にボートに乗ったりしたところ。賑わいを思い出すだけによけい悲しい。

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荒浜小学校はバイクのスクラップ置き場になっていた。ちょうどこの日は中学校の卒業式とのこと。卒業生が母校訪問にやってきていた。笑い声に救われる。

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ボランティアがキャンセルになって被災地見学ツアーに切り替わり,女川,石巻を巡る。どこにいってもさら地,廃墟,瓦礫・・・ この日は311。各地で慰霊の集いや喪服の人々がいた。

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塩釜港はひび割れと段差とうねり傾きで平衡感覚がおかしくなる状態だが,使用再開している。しかし全盛期にはほど遠く,魚水揚げの少なさに比例するようにカモメも少ない。オオセグロカモメとウミネコがまばらにいるくらい。

ちょうど1年だが復興はまだまだと再確認するツアーとなった。帰路車中で1446を迎えみんなで黙祷。がんばろう日本。

 

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東北ボランティアツアー 2.4

東北ボランティアツアーに行ってきた。東北には縁があるから震災1年の前に行かなきゃ,と。しかし高貴な精神なんかじゃなく不謹慎だが好奇心半分。それでいいんだよ,酒飲んで買い物してこればいいんだよ,という話が聞こえてきた。それならいいか,と初参加。

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向かったのは気仙沼市本吉地区。ボクが仙台に住んでいた30年前は本吉町は気仙沼とは別の独立町制だったところ。行政の復興は市街地優先となって周辺の農地は後回しになるとのこと。ジャケットが気仙沼復興協会の皆さん,ビブスがボランティア。

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この日のボランティアは女性2人を含む9人。学生さんが3人,ボクのような中年も数人。田んぼだった平原に埋まった瓦礫やゴミを,かごや手押し車に積んで,とことこ運ぶ。

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ここは気仙沼線が走っていたところ。線路も枕木も流され撤去され道路のよう。無理しないでよいよ,と言ってもらい,およそ役に立つとは自覚しない軽作業にいそしむ。

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昼食休憩に使わせてもらった公民館。復興サポートセンターが入居していた。3.11が近づきストレスが強まる精神面のサポートが関心事で,ボランティアの人たちが来てくれているだけで有難いと言ってもらう。誰も来なくなると孤立感が深まるのかもしれない。

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作業は4時間ほどで終わり。こんなんでいいのか,とも思ったが,その後は被災地をバスで回ってくれるという。まだ内陸の至るところに船が横たわっていたり,一見普通に見える建物の中身が空洞だったり一階が潰れていたり。まだまだもとに戻るには膨大な時間がかかるだろう。

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この日は立春。店舗が津波で破壊されご主人と義父母を亡くされながら屋根で寒さに耐え丸一日後に救助されたという女将さんが,気丈に復興したプレハブ仮設店舗で,貴重な「一の蔵・立春搾り」をふるまってくれた。辛口だが甘くまろやかという美酒だった。

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さすがに鳥見というわけにはいかなかったが,バスの窓から瓦礫の上にイソヒヨドリがとまっているのがみえた。酒屋の脇の川にはオオハクチョウが3羽。破壊された街だけど,人も鳥も生活を取り戻そうとしている。

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海水浴場に最も近い駅を名乗っていた大谷海岸駅の根性松。生き残った防風松を移植したのだとか。今は廃墟で砂浜も流されて土のうしかないが,いつの日か海水浴に戻ってこれたらよいなあ,と思った。

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